評論

陶酔色のダンスと宇宙の創造

美術雑誌「ユニベール・デザール」局長
パトリス・ド・ラ・ペリエール

 アートとしてのアルコールインクに出会った時、榎本有美氏は宇宙(スペース)からの啓示を受けた、と感じたそうです。そう、正に宇宙(スペース)。しかし、作品という2次元に限られた物理的なイメージではありません。幾重にも重なり引き込まれるような、無限という名の宇宙です。

 人の世を超越した異世界の現実を、生身の人間ながらにして表現できる彼女の才能は、アーティストなら誰しも夢見る天授の資質です。彼女は、深い無限の暗闇から突如として現れる、完全無敵な美の奇跡を芸術家らしい勢いのある筆捌きで描き出します。作者のビジョンが広がり、弾け、結集するさまは、巨大な揮発性の雲から銀河系が生まれる瞬間にも似ています。そして彼女がその絶妙なバランス感覚で-古(いにしえ)の建造物ほどにも偉大な-筆先を落とす時、神秘的にゆらめく色・光・素材の全てがせめぎ合い、観者を前にやがて作品は、宇宙的なダンスを繰り広げるのです。

 作者の手に宿った才能は、無垢な美しいフォルムにいともた易く命を吹き込んでいるかのように見えます。しかしそれは、感性に勝るとも劣らぬ作者の優れた理知のなせる業であり、余計なものを全て取り払った完全なフォルムを生み出す事よって、作品の美しさが理性を失うことなくメッセージ性やハーモニーをより盤石なものにしているのです。クリエイターとしての魂の昇華なくして、作品上でこの様に存在感を消すことはまず出来ません。まるで、自由を謳歌せんとするが余り、自身が創造した宇宙をすぐさま手放してしまったデミウルゴス(プラトンの作品に登場する宇宙の創造主)さながらです。

 ここまで卓越した次元の作品というのは、遠い惑星から落ちてきた宝石(隕石)と同じくらい得難く貴重なものです。しかし、宝石という名の不動の鉱物とはうらはらに、榎本有美氏が描く心象風景は留まることなく移ろい、生きて、音なき音律に寄り添い踊っています。

 その中から-見る人が見れば-垣間見えるのは、「インク・アルコール・美を愛する心」という人間の根源的な要素をとめどなく操る彼女の筆捌きに他ならないでしょう。

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